English Careerでは、「留学経験と仕事」「英語と仕事」といったテーマでインタビューを行っています。今回のテーマは「医療・看護の現場と英語力」です。
1.医療・看護の現場と英語力
1-1.日本に来る外国人は確実に増加する
1-2.医師は英語が話せる??
1-3.外国人が病院に来たらどうなる?
2.受入れリスクについて
2-1.医療の質
2-2.治療費の問題
2-3.東京オリンピックで外国人が殺到したら
2-4.現場にかかる強いプレッシャー
3.医療・看護の現場と英語力の問題。解決策は?
3-1.安心して引き受けするためには
3-2.外国人に求めること
3-3.教育機関に求めること
(梅澤)本日は「医療・看護の現場と英語力」というテーマで、都内の病院に勤める30代の医師、松下祐樹(仮名)さんにお話を伺いました。
(梅澤)インタビュアーの梅澤です。本日はよろしくお願いします。
(松下)よろしくお願いします。
医療・看護の現場と英語力
日本に来る外国人は確実に増加する
(梅澤)最近特に、東京・大阪で訪日外国人が増えていますね。さらに日本旅行のリピーターは地方の観光地や、日本人でも知らないような穴場観光地へ赴く人も出て来ているようです。
また、外国人留学生も増え、町のコンビニや飲食店で留学生と思われるアルバイトの人が働いているのが当たり前になって来ました。
日本は少子高齢化で労働力が不足していきます。2020年のオリンピックの年には、2017年とくらべて380万人もの労働人口が減ると言われています。これは現在の横浜市の人口とほぼ同じです。
そこに外国人労働力が期待されています。また観光立国ということで、生活のいろいろなシーンで外国の人と関わる機会が増えていくわけですが、医療現場ではいったいどうでしょうか。
医師は英語が話せる??
(梅澤)お医者さんといえばエリートですし、英語を話せる医師も多いんじゃないですか?
(松下)それがそうでもないんです。(英語が話せる人材は)大きな病院でもワンフロアに1人いればいいくらいではないでしょうか。
(梅澤)そうなんですか!でも入試で英語はありますし、大学で英語の文献を読んだりするんじゃないですか?
(松下)読み書きができても、聞けないし話せないんです。会話ができない。受験英語や論文を読む力は会話には活かされないんです。「メディカルツーリズム」はご存知ですか。あれは外国人を対象としていますが、通訳を連れてくることを前提としている病院もあります。
(梅澤)富裕層がターゲットにするので通訳、という選択肢が可能なんですね。
(松下)日本にいる病院で完全に英語対応している病院はほとんどないと思います。メディカルツーリズムを意識して英語のホームページを持っている病院もありますが、大きな病院で会っても、「通訳同伴」を明記している病院があります。また、英語が話せるスタッフが常駐しているとも限らないんです。海外の方が病院に行く場合、googleなどの検索サイトで英語のページがある病院を頼って来られることもあるのですが、がっかりされる方も多いのではないでしょうか。
外国人が病院に来たらどうなる?
(梅澤)実際に日本語がわからない患者さんが来たらどうするんですか?
(松下)正直大変です。私の病院では、「あそこの先生、英語得意らしいよ」という先生を呼んで来て一緒にやることもありますがいつも手が空いているとは限りませんので。
(梅澤)そうなると病院としては受入れにくいのでは?
(松下)医師には「応召義務(おうしょうぎむ)」と言って、治療が必要な人がいたら、必ず助けなければないという義務があります。人道的な意味でですね。病院も、救急で患者が来たら英語が話せる人がいてもいなくても、原則受入れなければなりません。なんとかするしかないんです。
(梅澤)しかし受入れたら受入れたで大変ではないですか?
受入れリスクについて
(松下)外国人の受入れははっきり言ってしまうとリスクを感じます。それは大きく2つあって、「医療の質」と「治療費」の問題です。
医療の質
(梅澤)「医療の質」というと?日本人と外国人で治療の内容が違うのですか?
(松下)いいえ、同じです。ただ、言葉が通じないことにより問診・治療法の説明が正しく行えず、治療の質が下がる恐れがあるんです。最悪の場合は医療ミスにつながる恐れがあります。
以前、英語講師で来日していた外国人を診察したことがあります。持病を持っていて、本人はその症状だと言い張るのですが、明らかに別の病状が出ていました。治療方法が異なるため本人に別の病気であることを納得してもらう必要がありました。
本人には片言の英語、筆談などを通じてそのことをなんとか伝えようとしましたが、本人は頑として認めませんでした。本人から「あなたの対応には感謝する。しかしあなたの語学力では専門的な話はできない。」と告げられ、エージェントと一緒に本国へ帰られました。私たちに対して一定の理解は示してくれましたが、そもそも言葉が通じないということで信頼や安心感を与えられていないと強く感じました。
片言でも意思疎通ができなくはないです。その場合でも問診の質はどうしても下がってしまいます。例えば、腹痛を訴えている場合でも、どこが痛いのか、どう痛いのか、シクシク痛むのか刺すように痛むのか、吐き気もするのかで想定される病気が変わり、必要な検査が違ってきます。本人の感じている痛みのニュアンスを読み取るのは困難です。
この人のように英語が通じればまだマシな方です。ポルトガル語やフランス語となるともうさっぱりわからない、ということになってしまいます。
(梅澤)そういう場合はどうするんですか?
(松下)大使館に連絡することもあります。
(梅澤)おおごとですね。
(松下)はい。
治療費の問題
(松下)言葉以外にも課題があります。治療費の支払いの問題です。以前、新興国からの旅行者が、精神的な疾患を発症して運び込まれて来た時がありました。当然、治療はするのですが、その方は無保険でした。
(梅澤)日本人が海外に行くときは旅行保険に入りますよね。日本人留学生も全員海外旅行保険に加入してから海外へ行きます。
(松下)はい。日本人が日本で治療を受ける場合は健康保険があります。民間の医療保険もありますね。でも日本に来る外国人は保険に入っていない場合があります。そもそも保険料が高くて払えないとか、3割負担でも厳しいこともあります。保険があること自体を知らない場合もあるのでしょうか?
その留学生のときは治療費が本人や家族が支払える金額を超えており、大使館に相談しましたが、結局その後どうなったかは私にはわかりません…。
(梅澤)引き受ければ言葉が通じず質の低い治療になる可能性がある、そして費用も払ってもらえないかも知れない・・・
(松下)はい。医療の質低下はそのまま患者の不利益につながります。最悪、命に関わることもあるでしょう。
(梅澤)なにか対策はあるのでしょうか。
(松下)一部の病院では各国語の問診票を用意していたり、自主的に英語の勉強会を行っているところもあるようです。問診がしっかりできるだけで全然違います。が、まだまだ一部で横展開ができていないのが現状です。
東京オリンピックで外国人が殺到したら
(梅澤)東京オリンピック、留学生30万人計画やビザの緩和など、外国人が増えていきます。それぞれに懸念はありますか?
(松下)訪日客の場合は、オリンピックのときは特に、言葉は悪いですが、お酒を飲んでケンカをしてケガをして、ということが考えられますね。単純に大勢の人が集まるので、事故やテロが起きる可能性もゼロではありません。持病をもったまま来日して、慣れない環境で突然悪化することも懸念されます。
長く住む人に関しては…医療現場で外国人を受入れる体制が整っていない事自体が、そもそも永住者増加のボトルネックになる可能性があります。医療が満足に受けられないから、旅行みたいな短期滞在ならいいけど長く住むのはやめよう、と思われてしまうかもしれないですよね。
長く住んでしまえば、言葉もあるていど覚えているでしょうし、日本人の友人や日本語が達者な親戚がいる場合があります。そういう人脈があるので病院にも日本語が話せる人を通訳として連れてくることができるんですが、短期滞在だと難しいですね。
(梅澤)なるほど。ボトルネックと言えば、医療だけではなく、教育にも強く当てはまると感じます。インターナショナルスクールは高いし、日本人の友達もできて欲しいから、子どもを日本の学校に通わせたいけど先生と日本語でしかコミュニケーションが取れなくてうまくいかないとか、PTAなど独特の文化に馴染めない、日本人の親も外国人慣れしていないのでコミュニティにうまく入れないとか。
(松下)はい。同じ問題は病院でも起こりえます。長期で入院となった場合は精神的なケアも大切です。英語を話せるスタッフ・看護師がいないと、思っていることも伝えられない。そして日本の医療は患者の意思確認を行いながら進みます。不自由な言葉で心から納得して治療を続けていくことは大変です。
現場にかかる強いプレッシャー
(梅澤)医療ミスと言えば最近もがんの発見が遅れて、というのがニュースになりました。
(松下)医療に対する監視の目はもちろん必要です。私たちにも提供するなら「日本人と同じクオリティでやりたい」という思いがありますし、「責任を取れないならなんでやったんだ」と世間からバッシングを受けるのではというプレッシャーも強いです。そういったプレッシャーが、外国人の引き受け体制を整えることを躊躇させている可能性はあります。
医療・看護の現場と英語力の問題。解決策は?
安心して引き受けするためには
(梅澤)英語が話せるスタッフ・看護師を置くということでしょうか。
(松下)それができればいいですが、現実的か、という問題がありますよね。今いるスタッフ・看護師に英語を習得させるのか、英語以外の言語はどうするのか。多言語対応の問診票だけでもあると全然違いますね。薬を処方するにあたってアレルギーや服薬の情報も書いてもらいたい。
(梅澤)英語の教科化など語学教育の強化が進んでいますが、英語が話せる医師や看護師が入ってくるのはまだまだずっと先の話ですね。
(松下)いまでは遠隔の医療通訳サービスなどもあるようです。
(梅澤)それは便利そうですね。地方の観光地にある病院なんかは大都市ほど需要はないにしろ、外国人が運ばれてくる可能性はある。でもそれだけのために語学の堪能なスタッフ・看護師を置くほどの余裕はないでしょうし。
(松下)同時翻訳の技術が発達することも考えられますね。
外国人に求めること
(梅澤)訪日外国人に医療現場として求めることはありますか?
(松下)せめて英語は話せてほしいなと思います。英語であれば、数は少ないですけどできる人はいます。あとは渡航者カードみたいな感じで既往歴や内服歴、アレルギーの情報を書いたものを携帯していてほしいですね。もし意識がなくなってしまっていれば、言葉がわかっても本人に聞くことができません。外傷であっても薬の情報はないと危険です。アレルギーのある薬を使ってしまうと、後から適切な治療を施しても、死に至るケースもあります。日本人の場合、そういう情報は通常は付き添いの家族から聞くのですが、旅行者で家族の連絡先がわからない場合は、大使館経由で家族に連絡を取ってもらわなければなりません。タイムラグがありますし、時差もあるので緊急を要する場合は現場で難しい判断を迫られることになります。
教育機関に求めること
(梅澤)私たちは英語の教育サービスを行っていますが、私たちのような教育機関に求めることはありますか?
(松下)医療に限って言えば、圧倒的に会話力、コミュニケーション能力です。例えば成人の現に医療に携わっている人向けの教育プログラムとか。一般会話の英会話はよくありますが、医療英語の会話はないか、あっても少ないですよね。情報としてはあるのかもしれないけどアクセスが良くなるとうれしいです。
(梅澤)ありがとうございます。私たちでもできることがあれば形にしていきたいと思います。本日は「医療・看護の現場と英語力」というテーマで松下医師にお話を伺いました。ありがとうございました。
(松下)ありがとうございました。
まとめ
医療現場では言葉が通じないということは文字通り命にかかわる深刻な問題です。しかも現場では「言葉が通じないこと」以外にも「医療費」や「プレッシャー」という非常に現実的な課題やジレンマに陥りながら、難しい判断を日々くだし、医療行為が行われています。
英語が話せる、異文化理解力のある医師、看護師は今後ますます、貴重な存在になっていくでしょう。
そして語学人材やツールの発達で言葉の壁が超えられても、まだ課題が残ります。それは文化の壁です。少子高齢化で労働人口が減り、海外人材を受入れていく流れはより加速します。そのときに日本人も、海外の人も気持ちよく生活していくために言葉を理解し、異文化に理解を示すことがますます必要ではないでしょうか。
私たちも留学の推進と、グローバル人材の育成、人と企業のマッチングというサービスを通じて、これからの社会の役に立っていきたいという気持ちを新たにいたしました。
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